2024年12月22日、ベトナム初となるホーチミン市の地下鉄1号線が開通した。新規開業の興奮さめやらぬ1月初旬に、全線を乗り通すことができたのでレポートする。

ホーチミンメトロ建設の背景

ベトナム・ホーチミン市の夕方の交通渋滞

ホーチミン市は、ベトナム最大の都市である。首都・ハノイの800万をしのぐ約900万の人口を擁する東南アジア有数の世界都市でもある。にも関わらず、これまで公共交通機関はほぼバス・タクシー・バイクタクシーのみ。都市鉄道は存在しなかった。言うまでもなく交通渋滞が大きな社会問題となり、この渋滞緩和のために、2012年にメトロ1号線の建設が始まった。

プロジェクトには日本が官民を挙げて協力し、政府開発援助(ODA)の一環としてJICA(国際協力機構)による円借款を活用。車両をはじめ、電力、架線、軌道、信号システム、駅設備、ホームドア、券売機、車両基地を含む設備と開業後の維持管理も一括で日立グループが受注するという大型案件。

2018年には開業する予定だったのが、資金調達、用地取得などの問題に加えてCovid-19も発生し、工期は遅延。ようやく2024年12月に1号線が開通を迎えた。

とはいうももの、日本だってリニア中央新幹線も東京外環道もいつ開通するかわからないので、人様のことはいえない。着工から10年あまりで開通したのは素晴らしいのではないでしょうか。日立は工費がかさんだのをベトナムに請求しようとして揉めてるようだが…。

ホーチミンメトロ1号線の概要

ホーチミン市内の至るところに地下鉄開通を告知するポスターが掲示され、期待の高さを物語っている。
ホーチミン市内の至るところに地下鉄開通を告知するポスターが掲示され、期待の高さを物語っている。

メトロ1号線は、中心部である1区のベンタインから、郊外のビンズオン省ジーアン市のスオイティエン・バスターミナル駅までを東西に結ぶ19.7kmの路線。1区はホーチミン市の中心市街地なので、東京で言えば千代田区に相当する場所。ベンタインには、有名なマーケットであるベンタイン市場が存在するが、上野のアメ横のような場所と考えてもらえば良い。ここから、東に20km先のホーチミン市郊外に至る。ラインカラーが青で、川を渡ると地上に上がって高架区間となり、近県郊外のまだ開発されていない原っぱに至るという構図は、東京メトロの東西線〜東葉高速鉄道(の東半分)のようなイメージで考えるとわかりやすい。

始発駅・ベンタイン駅と市場

ベンタイン市場。建物の前は広場になっているため記念撮影する人々が絶えない。

始発となるベンタイン駅は、ホーチミン市内に広がる緑豊かな「9月23日公園」の東端に入口がある。すぐ隣に、いまや観光客向けの観光地と化してしまったベンタイン市場がある。

ベンタイン市場の中。見ての通り欧米からの観光客が多く、もはや地元の人向けのマーケットではないように思える。

ベトナムコーヒー豆を買おうと覗いたら、おばさんに「コーヒー豆100g千円だよ! 日本だと100gで4、5千円はするでしょ!」とふっかけられたので「あはは、日本でもそんなにはしないよ」と言ったらそれ以上押してこなくなった。こちとらコーヒーのシロートじゃねえ。三越や伊勢丹で買っても100g千円を出したら相当良い豆が買える。というわけで、この市場は観光客向けにかなりアコギな商売をしているというわけで鼻白む。

Tシャツや帽子、ズラッと並んだ数万円のロレックスを買うならまだいいかもしれない。バレンシアガのキャップだって、ここなら2000円も出せば買える。

ベンタイン駅。左に見える時計台がベンタイン市場。奥には超高層ビルがそびえ立つ。

閑話休題。ベンタイン駅に向かおう。このベンタイン駅は、ホーチミン市の都心側の中心部に位置しており、近くには金融センターなども立ち並ぶCBDだ。将来的には、ホーチミン地下鉄の4路線が乗り入れる計画にもなっていることから、まさに東京メトロの大手町駅といった位置づけに近い。

地下鉄駅の吹き抜け。ただし、ここから入ることはできない。

駅は地下なので、出入り口以外に目印となる建物はないだろうと思ったが、オーバルのガラス張りの建物がひときわ目立っている。そして、公園整備にはベトナムの決済アプリVNPAYがお金を出したのか、石造りのベンチにはVNPAYのロゴが彫られている。

ガラス張りの吹き抜けを覗き込むと、下がコンコースとなっている。

近づいて覗き込んでみると、コンコースを見下ろす吹き抜けとなっており、地下駅に天然光を取り入れられる仕組みになっている。逆に夜は駅の明かりが公園にも漏れることだろう。これは素敵な公共デザインだ。

地下鉄の入口。日比谷公園のメトロ出入り口を思わせる。

日比谷公園のメトロ出入り口を思わせる階段を下り、コンコースへと進んでいく。

始発・終電の掲示はまだ空白

よく地下鉄駅にある始発・終電の掲示はまだ空白。今後の利用状況によってダイヤを検討するのだろう。

ベンタイン駅の階段

御影石風の階段はとても立派だが、エスカレーターは上りのみ。あと、エスカレーターも1箇所存在した。

ベンタイン駅のコンコース
ベンタイン駅のコンコース

開業間もないので、コンコースは当然きれい。日本の鉄道駅といわれても信じてしまうほどだが、ビタミルクの自販機が、ここがベトナムであることを物語っている。

無料期間中の乗車は、アプリのQRコードを駅員に提示

ベンタイン駅の券売機エリア
ベンタイン駅の券売機エリア

券売機エリア。なんと、開業から1ヶ月は無料期間となっているのでまだ稼働していない。いずれにせよ、ベトナムでもQRコードやタッチ決済が増えつつあるので、券売機はメインにはならないだろう。

ベンタイン駅の改札口
ベンタイン駅の改札口

改札口。当然ながら自動改札だ。また、ICカード等のタッチエリアが設けられていることがわかる。駅施設も含めて、すべて日本の日立が受注している。

無料期間中の乗車は、スマートフォンにアプリ「HCMC Metro HURC」(ホーチミン市メトロ・ホーチミン都市鉄道会社)をインストールする。「Pioneer ticket」(パイオニアチケット)をタップするとQRコードが表示されるので、これを駅員にスキャンしてもらう。

このアプリ、登録はどうせベトナム語で必要事項を延々と入力しないと駄目なんだろうな、とすこし重い気持ちでインストールしたが、なんと GoogleとApple ID でのログインが可能だった。 Google の使えない中国でさんざん苦労した身からすると、素晴らしすぎる!

HCMC Metro HURCアプリの画面
HCMC Metro HURCアプリの画面

左上の「Go!Metro」をタップすると、乗車用のQRコードが表示される。

HCMC Metro HURCアプリのSSO画面
HCMC Metro HURCアプリのSSO画面

ベトナム語だが、 Google と Apple IDでログインできることだけは誰でもわかる。

コンコースの吹き抜けは絶好の記念撮影スポット。

改札のすぐ向こうが例の吹き抜け。地下なのに明るく天井も高いので閉塞感がなく、なかなか悪くない設計だ。絶好の記念撮影スポットとなっている。

ベンタイン駅の「ようこそホーチミン市へ!」記念撮影スポット
ベンタイン駅の「ようこそホーチミン市へ!」記念撮影スポット

「ようこそホーチミン市へ!」記念撮影スポットも。しかし、右側のキャラクターのパネルの一部がすでになくなってしまっている…。

ベンタイン駅のコンコースからホームを望む
ベンタイン駅のコンコースからホームを望む

さらに、このコンコースとホームは吹き抜けになっている。開放感あふれる設計だ。

ベンタイン駅のコンコースからホームへと降りる階段
ベンタイン駅のコンコースからホームへと降りる階段

コンコースからホームへと降りていく。そういえば、この吹き抜けを多用した設計は横浜のみなとみらい駅に似ている。

ベンタイン駅のホームドアと駅名標
ベンタイン駅のホームドアと駅名標

ホームドアと駅名標。駅ナンバリングも実施されており、ベンタイン駅はL1-01。

ベンタイン駅の構内図
ベンタイン駅の構内図

駅構内図。今のところ地下鉄は3両編成だが、設備は6両編成にまで増結できるように準備されていて、この構内図でも6両編成で描かれている。

ベンタイン駅に進入する地下鉄
ベンタイン駅に進入する地下鉄

いよいよ折り返し列車が到着。平日の昼間にも関わらず、おためし乗車で乗車率は高い。

ベンタイン駅に進入する地下鉄
ベンタイン駅に進入する地下鉄

車窓風景を動画&写真でお届け

いよいよ列車が発車。ホーチミン市中心部の2駅は地下区間だ。

ホーチミンメトロ1号線 車内の風景
ホーチミンメトロ1号線 車内の風景

こちらが車内の光景。日本のほとんどの通勤電車と同じく、20mの車両に4つのドア。そして座席はロングシート。座席は海外のデフォルトで樹脂製。気づいたこととしては、中吊り広告の設置スペースは用意されていないようだった。

車内に掲示されている路線図
車内に掲示されている路線図

車内に掲示されている路線図。液晶ではないので、将来の延伸時には差し替えが大変そうだなあ…と思ったら、なんと、まだ計画中の路線(L2、L3A、L4、L5)も乗り換え案内に表示されている。これで当面は乗り切れそう。さすが社会主義国、計画は得意?!

始発駅の次は、ホーチミン歌劇場などのある「市民劇場駅」。それらしい装飾も少しは施されているかと思ったが、とくに意匠はなし。

二駅目は、日本人街であるレタントン通りも近いバーソン駅。この駅を出発すると、もう地下区間は終わりだ。地上に出ると、南国の日差しが眩しい。すぐに「ヴァンタイン公園駅」だ。

ヴァンタイン公園駅
ヴァンタイン公園駅

初の地上駅。ヴァンタイン公園駅。東西線なら葛西、都営新宿線なら東大島といったところか。駅のすぐ北側には駅名の由来にもなっているヴァンタイン公園が広がっているため、緑が豊かだ。東京でもホーチミンでも、地下鉄が地上に出たあたりは緑が広がっているというのはあるあるだ。

植栽や建物が南国の雰囲気満点で、ここらへんはバンコクのトラムと似たような雰囲気だ。

タンカン駅
タンカン駅

続いて、タンカン駅。この駅は規模が大きく2面4線で、折り返しや退避も可能な構造になっている。将来的には快速なども運転されるのかもしれない。なんといっても、このホーチミンメトロ1号線の最高速度は地下80km/h、地上110km/h と超高速なのだ。さらに快速を走らせることで、ホーチミン市郊外に通勤・通学圏が広がる可能性を秘めている。

念のために補足しておくと、日本で最も速い地下鉄は東京メトロ東西線。といっても、千葉の高架区間の一部で100km/h。昔ながらの銀座線はわずか65km/hだ。JRの中央線だって都内は100km/hしか出さない。

ホーチミンメトロ1号線の先頭車両
ホーチミンメトロ1号線の先頭車両

上り電車と行き違ったので、先頭部をパチリ。やっぱり東西線っぽい。

アンフー駅

アンフー駅。駅の南北にそれぞれ巨大なショッピングモールが存在するため、若者の多くがここで下車した。

郊外に入るについて、あれだけ混んでいた車内もだいぶ落ち着いてきたので、車窓を撮影する余裕が生まれた。この動画は、ハイテクパーク駅から国立大学駅の1.5kmの車窓だ。電車は加速も速く、かなり高速で飛ばすことがわかる。周囲には高い建物がないため、とても眺望がよい。

すぐ国立大学駅に到着。名前に反して、駅の前にあるのは巨大なテーマパーク。そして、線路はベトナム国道1号線(QL1A)に沿って走る。この道路のまたの名はアジアハイウェイ1号線であるが、起点は東京・日本橋である。途中未開通区間があるとはいえ、同じ名称の道路が東京からホーチミンまで通じていることは感慨深い。

ほどなく、電車は終点のスオイティエンバスターミナル駅のホームに滑り込む。

終着駅 スオイティエンバスターミナル駅

スオイティエン駅に到着したホーチミンメトロ1号線の車両
スオイティエン駅に到着したホーチミンメトロ1号線の車両

ホーチミン市中心部から30分。あっという間に電車はスオイティエンバスターミナル駅に到着。ここはすでにホーチミン市ではなく、ビンズオン省のジーアン市という都市に位置する。

スオイティエン駅のホーム
スオイティエン駅のホーム

ようやく東葉勝田台駅に着きましたね〜、といった風情。

スオイティエン駅 LEDの発車標
スオイティエン駅 LEDの発車標

まだ暫定ダイヤなのか、LEDの発車標に時刻は表示されていない。

スオイティエン駅のホームドアは6両分が用意されている
スオイティエン駅のホームドアは6両分が用意されている

編成は3両だが、ホームドアには24まで番号が振られている。つまり、いつでも6両編成を運転できる準備が整っている。

スオイティエン駅と職員
スオイティエン駅と職員

まだ運転開始間もないので、職員の数も多い。面白かったのは、職員も何気なくホームドアにもたれかかったりして、上司らしき人物がその度に「よっかかるんじゃねえ!」と厳しく注意していたことだ。それから、車内でも走行中にドアに寄り掛かっていると巡回している職員に注意される。ここらへんはかなり気を遣っているようだ。

線路は車両基地へと伸びている
線路は車両基地へと伸びている

線路は車両基地へと伸びている。架線柱もどこかJR東日本っぽい形状だ。

こちらは、今まで走ってきたホーチミン市側の線路
こちらは、今まで走ってきたホーチミン市側の線路

こちらは、今まで走ってきたホーチミン市側の線路。マニラのLRTなどに比べるととてもキレイで高規格な高架で、さすがに隔日の感がある。

スオイティエン駅のコンコース
スオイティエン駅のコンコース

駅のコンコースへと降りる。

スオイティエン駅のコンコース
スオイティエン駅のコンコース

クレジットカードのタッチで乗車できるようになるらしく、マスターカードのポスターが駅のあちこちに掲示されていた。

スオイティエン駅の駅前広場
スオイティエン駅の駅前広場

まだ駅前は原っぱで、何も存在しない。向かって右側にバスロータリーは整備されていた。

スオイティエン駅前
スオイティエン駅前

ただし、線路に沿って国道1号線(アジアハイウェイ1号線)が通っているのと、駅名のとおり、ここがさらに郊外へと向かうバスに乗り換える交通のハブとなる予定だ。

いずれにせよ、これでは駅前に食事できそうなところもなさそう。国道1号線を渡ったところにフォー屋くらいはあるようだが、当然横断歩道などという代物はなく、往復8車線のトレーラーが行き交う幹線道路を命がけで渡る元気もなかったので諦める。

国立大学駅のインフォメーションセンター
国立大学駅のインフォメーションセンター

ひと駅戻ってきた国立大学駅のインフォメーションセンター。リーフレットが合計4〜5種類も用意されていて、ホーチミン市交通局の強い意気込みを感じた。

駅の係員さんが、わざわざ日本語のパンフレットを探して渡してくれた。開通のお祝いを英語で伝えたところ、残念ながらあまり伝わらなかったが、晴れがましい表情がとても印象的だった。